【インタビュー記事掲載】 - Counting Stars - 相羽あいな × 池谷友秀31 minutes ago11 min read相羽あいな、闘い続けた10年の先へ Counting Starsに刻まれた、6つの世界と10年の残響 暗闇のなかで、泡が立ちのぼっていく。水中に差し込む光は、夜空を流れる星のようでもあり、深い海の底から水面へと浮上していく命の気配のようでもあった。沈んでいるのか、浮かんでいるのか。過去へ潜っているのか、未来へ向かっているのか。 その境界が曖昧になる場所で、相羽あいなはカメラの前に立っていた。声優、舞台俳優、アーティストとして、さまざまな表現の場に立ち続けてきた相羽あいな。デビュー10周年を記念した写真展『残響/星を数える人』は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をモチーフに、彼女の10年を6つの章=6つの駅として巡る構成となっている。プロレスラーとしての原点、声優という職業との出会い、大きな飛躍をもたらした役柄、沢山のことを求められた舞台、ステージに立ち続ける覚悟……この写真展が映し出すのは、単なる記念のポートレートではない。“相羽あいな”という表現者が、未知の場所へ飛び込み、そのたびに恐怖を置き去りにしながら前へ進んできた10年の軌跡である。彼女にとって、表現とは「闘い」だった。けれど、その闘いは誰かを倒すためのものではない。自分を選んでくれた人、支えてくれた人、応援してくれる人を、絶対にがっかりさせないための、祈りのような闘いだった。 プリオシン海岸──恐怖を置いてきた、はじまりの場所ここが彼女の原点。 「もともとプロレス観戦は大好きだったんです。でも、自分がリングに上がるなんて夢にも思っていませんでした」 彼女はそう振り返る。学生時代に親しんでいたのは吹奏楽や軽音といった音楽の世界。スポーツ経験はほとんどなかった。当時、関係者から「プロレスをやってみないか」と声がかかったのだが、当初その誘いを断ったという。そんな彼女が、初めて女子プロレスの試合を観たとき、心を撃ち抜かれた。「なんてカッコいいんだ」その衝撃が、人生を変えた。「私もやってみたい。死んだらその時はその時だ」その瞬間、覚悟が決まった。一見無謀に見える選択でも、一度引き受けると決めたら逃げ道を作らない。「運命」として受け入れたのだ。もちろん、恐怖がなかったわけではない。ただ彼女は、その恐怖を「なくした」のではなく、「どこかに置いてきた」と語った。「周りを見渡すと、私が誘って一緒に入った子がウエイトリフティングの高校3冠チャンピオンだったり、他の子たちもバトンをやっていたり、みんな何かしらの武器を持っていました。でも、自分には何もありません。『プロレスが好き』という情熱だけ。トレーニングは過酷でした。細かった身体を大きくするために10キロ近く増量し、スクワットをしながら、泣きたくもないのに涙が勝手に出てきたこともあります。心はまだやろうとしているのに、身体が限界を迎える。そのとき、人は涙を流すのだと知りました」この章は、相羽あいなの「表現者としての原点」。声や表情の奥にある、リングで培われた身体性。そのはじまりの場所が、プリオシン海岸という太古の時間を宿す風景の中に重ねられている。実際使用された黄色い衣装は、彼女が大切に保管していた当時プロレスラーとして身に着けていたもの。10年前の彼女が、そこにいる。ケンタウル祭の夜──知らない自分に出会う、祝祭の光撮り終えた写真を見て、彼女はこう感じた。「あ、私の知らない、“新しい私”がここにいる」ストレートなロックテイストになるとイメージしていたが、現場で立ち上がったのは「エレガントだけど、最高にワイルド」な世界。頭の装飾、色使い、衣装の質感。そのすべてが、彼女の予想を良い意味で裏切った。彼女は、関わったクリエイターを信頼している。自分の中のイメージだけで完結させず、彼らが構築する世界観に身を委ねる。「相手が何を見ているのかを聞き、現場で起きる変化を受け入れます。衣装を着た瞬間、メイクが入った瞬間、予定になかった要素が加わった瞬間に、表現の方向が変わっていきますね」その変化を、彼女は楽しんでいる。自分の表現と、スタッフの創造性が掛け合わせることで、一人では到達できなかった“新しい自分”に出会う。 写真を見ながら、この章のモチーフとなった時代を振り返る。「この頃は、私にとってすべてが初めてづくしでした。仕事が一気に重なり、先のビジョンを描く余裕など一切なく。ただ、目の前の課題を毎日がむしゃらにクリアしていくしかありませんでした。」 だが、そのがむしゃらさが、彼女を次の場所へ連れていった。鳥を捕る人──多面性の表現と物語の余白このビジュアルは、彼女自身の提案から生まれた。「毎年のバースデーイベントで男装を披露していて、ファンの方からも『男装の相羽さんが好きです』という声をたくさんいただいていました。その時、もし、第一線のプロフェッショナルたちが、本気で自分の男装を撮ったらどうなるのか。そんな好奇心が芽生えたんです」そうして生まれた写真は、彼女の想像を遥かに超えた。高貴な西洋の男性にも見える。どこか囚われの身の良家の少年のようにも見える。写真の前後に、言葉では説明しきれない重厚な物語が浮かび上がってくる。撮影中、彼女自身もその「裏の物語」を脳内で描きながら、カメラの前に立っていたという。この章のモチーフとなった時代を振り返る。「人生で一番激動のタイミングでした。舞台経験はありましたが、ミュージカルは完全に初めてで。芝居、歌、ダンス、殺陣。求められるタスクはあまりにも多く。しかも私が演じる役は、幼少期から一線で活躍してきた、圧倒的実力を持つ舞台少女。役としては最初から完璧でなければいけません。一体どうしたらいいんだって、本気で頭を抱えました」そこで彼女を支えたのが、プロレスで培った精神だった。「歌やダンスの技術では、今すぐには周りのみんなに敵わないかもしれない。でも、それを絶対に言い訳にしたくなかった。お芝居の気迫や、プロレスで培ってきたからこそ出せるパワー感は、きっと私にしかない。私にしか表現できないはずだと信じていました」そして彼女は、自分の中にひとつの盾を作る。「技術は後から必死でついてこさせればいい」 足りないものはある。できないこともある。それでも、できないことを言い訳にして立ち止まることはしない。今の力では届かない場所へ飛び込み、自分の輪郭をその場所に合わせて変えていく。傷つきながら、迷いながら、それでも自分にしかない武器を探し続ける。その姿勢は、痛々しいほど誠実で、美しい。さそり座の赤い星──深紅の花と、一匹狼の産声黒い水面のそばに咲き乱れる深紅のラナンキュラス。赤いドレス。神秘的な花の層。ラナンキュラスは、彼女にとって特別な意味を持つ花だった。当時を振り返りながら彼女は話す。「知っている人には分かると思います。当時の私は、“声優”という職業に対して勝手なイメージがありました。おとなしくて、清らかで、柔らかな人たちの世界。そこに、プロレスを経験し、筋肉があって、関西出身で喋りもハキハキしている自分が入っていくのは受け入れられないんじゃないかって」シリーズ途中から新キャストとして参加した現場。そこには経験豊富な先輩たちがいて、すでに関係性もできあがっていた。彼女は、本気で一匹狼になる覚悟をしていたという。馴染めないかもしれない。怖がられるかもしれない。孤立するかもしれない。そんな不安が押し寄せたが、実際の現場は温かかった。そのやさしさに触れたとき、彼女の中に生まれたのは「このやさしさを裏切りたくない」という想いだった。孤立を覚悟していた人が、人の温かさに救われる。だから今度は、自分が人のために戦う。彼女にとって“声優”という仕事は、決してスマートな始まりではなかった。ディレクションの意味が分からず、家で悔しくて泣いたこともあった。舞台の芝居と、マイク前の演技の違いにも戸惑った。しかし、そこから彼女は周りの人に支えられながら一つひとつ学んでいく。深紅のラナンキュラスは、ただ美しいだけの花ではない。相羽あいなが、声優として不器用に、しかし誠実に歩き出した日の記憶を秘めている。白鳥の停車場──完璧を求められた先にある、受容と闘志純白の衣装、柔らかな表情、自然に身を任せるような佇まい。そこにあるのは、「闘い」ではなく、受け容れる感覚だった。彼女はこの白鳥のイメージと、それに重ねた当時の記憶を振り返り、こう語った。「自分に課せられた運命のようなものがあるとしたら、それに抗うのではなく、すべてをそのまま受け入れていく感覚だった」受容する。身を委ねる。無に近づく。 そのため、表情はどこか穏やかで、邪念のない柔らかなものになった。だが、この章の奥には、彼女が過去に経験した激動の日々がある。その壁と向き合うたびに、彼女は本気で頭を抱えた。そこで支えになったのが、プロレスで培った「ビビらない精神」。歌やダンスの技術では、すぐに周囲に追いつけないかもしれない。けれど、それを言い訳にはしたくない。自分にしか出せない気迫がある。自分にしかない身体の強さがある。「できないことを言い訳にせず、今あるすべてを差し出す。自分にしかできない表現を探す。だからこそ、この白鳥はただ儚いだけではありません。別のカットでは、内側に『かかってきなさい』という強い闘志を込めました」受け容れる白鳥、闘う白鳥。 その二面性こそ、相羽あいなの奥行きである。銀河ステーション──重力から解き放たれ、未来へ浮上する舞台は、深い水の中。「水中撮影は、文字通り命がけでした。ここまで深いプールに潜る撮影は初めてで。身体的には過酷でした。けれど、心の中は幸福なエネルギーに満ちていました」最後に彼女は、「これからの未来」について語った。 「私はこれからも新しいことにどんどんチャレンジし続けたいという気持ちです。声優としては、プライベートでも映画が大好きなので、洋画の吹き替えのお仕事にもっと挑戦してみたい。王道の少年漫画誌の連載作品でキャラクターを演じてみたい。役者・声優として、演じる役の幅をこれからもどんどん広げていきたいなと思っています。ファンの皆さんに『相羽あいなはこんな演技もできるんだ』と、常に新鮮な驚きを感じてもらえるような表現者であり続けたいです」銀河ステーションは、終着駅ではない。次の旅の始まり。水中に差し込む光の先へ。闘い続けた声は、今、未来へ向かって静かに浮上していく。写真家・池谷友秀が仕掛けた「銀河鉄道の夜」 沈んでいく感覚。光に向かって浮上していく感覚。今回、この写真展のすべての作品の撮影とディレクションを手掛けた池谷友秀氏は、この章を「未来の光、希望に満ちあふれるイメージに重ねていた」と語った。これまでのチャプターが、過去の歩みの復習だとすれば、この水中パートは未来へ向かう時間。かつて彼女は、リングの上で重力と痛みを身体に刻み込んだ。10年後、彼女は水の中で、その重力から解き放たれるように光へ向かって浮上している。地上で戦ってきた身体が、水中で未来を見つめている。その構図そのものが、相羽あいなの10年を物語っていた。池谷氏は、過去と同じアプローチではなく、10周年だからこそできる表現を考えた。その中で浮かび上がったのが、『銀河鉄道の夜』というテーマ。「ただ綺麗な写真を並べるのではなく、ストーリー性のある、考察の余地を持った写真展にしたい。相羽さんのファンは、彼女の表現を深く受け止める熱量を持っています。だからこそ、直接的に答えを提示するのではなく、『これは、あの時の相羽さんかもしれない』と観る人が感じ取れるような余白を残すことが重要でした」池谷氏がこだわったのは、彼女の10年間の思い出やキャリアと、各チャプターのシチュエーションをどう自然に紐づけるかだった。過去をモチーフにすることは、ある種の編集作業である。彼女が積み重ねてきた多くの活動の中から、どの記憶を選び、どのように写真として立ち上げるのか。一方で、未来を描く水中パートでは、余計な設定をできるだけ取り払ったという。水中に漂う小さな泡は、宇宙空間にきらめく星屑のようにも見える。水中撮影特有の浮遊感は、無重力のようでもある。だからこそ、池谷氏はそこに“未来感”を見出した。「これからの“相羽あいな”は、どうなっていくのか。その答えを写真家が決めるのではありません。『ここから先は、相羽さん次第だよ』という想いがあります」この写真展が伝えようとしているのは、「過去の積み重ねが、未来を作っていく」ということだ。過去を美化するのではない。過去へ戻るのでもない。1日1日の泥臭い積み重ねが、次の未来を連れてくる。『Counting Stars』とは、相羽あいなの10年を振り返る展示であると同時に、その先の未来へ向けた静かな出発でもある。彼女が10周年の記念として「今一番何がやりたいか」と考えたとき、真っ先に浮かんだのがこの写真展だったという。最初の写真展の頃、ファンにとっても「声優の写真展」とは未知のものだった。けれど回を重ねるごとに、写真展は彼女とファンにとって特別な場所になっていった。Dialogue Designer : Ryota Shimadu写真展PRESS写真展詳細
Comments